ボランティア活動自体はもちろん悪いものではありませんが、私の場合は一般的な常識の度合いをかなり越えていたと思います。
家には常に保護した動物たちがあふれ、その動物たちの病院代や食費を稼ぐために必死でした。
周囲の人たちは、そんな私を見て「偉いですね」「立派ですね」などと言ってくれましたが、私にとってそんな賛辞は嬉しくも誇らしくもありませんでした。
「そんなことより1匹でも救うのを手伝ってくれと」いう思いで毎日を過ごしていました。
また一方で、自分をこんなにも動物保護に駆り立てるものはいったい何なのだろうかと、訝しく感じていました。
前世療法を多く手がけてきたので、もしかするとその理由は何か前世にあるのかもしれないなと感じてはいましたし、自分自身の前世もたくさん見てきました。しかし、一度も自分の動物に対する過剰な強い思いをテーマにした前世を見る気持ちにはなれなかったのです。
今回の人生で説明のつかない衝動や生き方のパターンを前世療法によって、前世の体験から知ることは多くあります。
そして、そんなクライアントさんの前世をずいぶんたくさん共有させていただいてきました。
だからこそ私はためらったのでした。
というのも、今回の人生では理由がわからない感情や思考、行動パターンと同じようなパターンを前世でも繰り返していた場合も多くあれば、反対に全く逆のパターンを前世で経験し、その反動が今回の人生で現われている場合もあるからです。
たとえば、ある前世で高い地位と権力を行使し、多くの人々を支配し苦しめていたとします。その行いの裏側、つまり相対する立場を経験するために今回の人生では、社会の中でも弱者の立場に生まれ変わり、支配され、理不尽な思いを経験しているのだと前世療法を通して気づくようなパターンは多いものです。