次に、彼女が訪れた前世では、母親に日常的に首を絞められるなど、
虐待を受けているヤコブという少年でした。
そして、自分が何度も生まれ変わってきたこと思い出します。
彼女は前世回帰のヒプノセラピーの後、抱えていた恐怖症がいくらか改善したように感じたようです。
自分を苦しめていた恐怖症の原因や理由がわからず、今まではそのこと自体が不安であったのです。それが、いくつかの恐怖症の原因が自分の過去世にあるかもしれないと仮定することによって、すとんと納得できるものがあったと言うのです。
少なくとも、前世に向き合うことは、ちっとも恐ろしいことではなく、むしろ興味深いことだと彼女は受け止めたのです。
2度目の前世回帰のヒプノセラピーは、それからまもなく行われました。
彼女は前回同様、深い催眠状態に入っていきました。
そして、前回よりも、もっと速やかに前世の自分の体に入っていきました。
「草原です。まだ、小さい男の子です。4歳か5歳くらいです。僕はしゃがみこんでいます」
そうです。彼女は最初のセッションで訪れた前世へとやって来たのです。そして、彼女も含めて深い催眠に入り、前世を体験する人は、その前世の世界で、すっかりその体に入り込んだようになることが多いようです。
もう一度、当時の自分の肉体に入り、さまざまな経験をするのです。
ですから、その時の自分自身が幼児であれば、子供のような口調になり、老人になれば、老人のように、ろうたけた話し方になるのも、ひとつの特徴です。
「丘のような草原です。深い谷を覗いています。僕は誰かを待っているようです」
彼女はここで少し考えるような思い出すような間をおき、「お母さんです。僕はお母さんをいつもここで待っているんです」
「長袖のシャツにベストのような物を着ています。それに長ズボンをはいています。髪の色は茶色です。ヨーロッパのようです。ベルギーかオランダかもしれません」
当時の彼女はまだ、4、5歳の幼児なのにもかかわらず、質問に答えているのは、日本に生まれ、今日まで生きてきた彼女自身です。
今生の知識や感性というフィルターを通しての答えなので、このように現在の経験知から当時、自分が生きて暮らした国や土地を推察するのです。
「お母さんが、来ました。
・・・・・・あっ・・・
お母さんが僕の首を絞めている。
すごく苦しい・・・
怖い・・
ああっ・・・」
彼女の額は少し汗ばみました。両手で首をかばうような仕草をしています。
呼吸は速くなっています。
「苦しい?その体から離れようか?」という私の提案に、彼女は首をふりました。
そして「大丈夫です。もう終わりました」と答えました。
ほっとしたように、彼女は息をはきました。
「亡くなったのですか?」
「いいえ。お母さんが手を離したんです」
彼女の答えは冷静なものでしたが、聞いている私は、動揺していました。
わずか、4、5歳の幼児がお母さんに首を絞められて殺されそうになったのです。
壮絶な前世体験をしているクライアントさんのセッションは、いつも緊迫感がみなぎります。
「お母さんは僕が邪魔なんです。僕がいない方がいいと思っているのです」
ここから、私はこの前世での詳細を質問していきました。
「この土地で暮らす人々は酪農のような仕事をしています。羊などの動物たちがたくさん見えます。食べ物はパンとかスープとかチーズなどです。あまり好き嫌いはありません。
僕はおとなしい子供のようです。僕の名前はヤコブです。
家族はお母さんだけです。お父さんはいません。お母さんが働いて僕を育ててくれています」
彼女は、自分のことを「僕」と呼んでいます。まだ、幼児である男の子と今生での自分の間を、行ったり来たりしているかのようです。
「お母さんが話してくれたことによると、お父さんとお母さんは恋愛結婚をしたようです。でも、お父さんはお酒がとても好きな人で、僕が生まれてまもなく、帰って来なくなったのです。
お母さんは畑作業の手伝いと洗濯の仕事をしています。近所の人たちから頼まれた物を洗濯して、お金をもらうのです。お母さんは、いつもとても疲れています。
そして、いつも僕に言います。
『お前がいなければ、自由になれるのに。生まなければよかった』と。
それから、首を絞められたのも一度だけではありません」
彼女は涙ぐみながら静かに、悲しそうに話します。
「少し大きくなって、僕も近所の酪農の手伝いをするようになりました。暮らしは楽ではありませんが、食べるものに困ることはありません」
この前世での彼女(ヤコブ)はかなり、内向的な性格であったらしく、始終、重い口調で、話すことがあまり、好きではないような様子です。
「お母さんは、相変わらず洗濯などの仕事をしています。そして、いつも不機嫌そうです。僕に愚痴ばかり言います。毎日、毎日・・・」
「ヤコブ君は、そんな時どうしているの?悲しくて泣いたりする?」
「ううん。僕はいつも、黙っているだけ。ただ、黙って聞いているだけです」
「ヤコブ君は、まだ小さいのに辛いね。お友達はいる?」
「いない。遊ぶとお母さんに叱られる。それに誰も、僕とは遊んでくれない」
「なぜ、お母さんは叱るのかな?お友達はどうして、ヤコブ君と遊んでくれないの?」
「お母さんは、自分だけが辛い思いをしているのがたまらないのです。だから、息子である僕が自由に子供らしく生活することを許せないのです」
これは、今生の彼女の視線からの分析でしょう。
「お友達は、みな、僕が暗い性格で、いつも汚い格好をしているので、僕を好きになってくれません」
ヤコブ君は、お腹を空かすほどではないにしろ、周囲に暮らす人々よりも、貧しい暮らしをしていたようです。そのうえ、お母さんはヤコブ君の世話を、あまり細やかには、やいてはくれなかったのです。