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中間世でのジュリアンの告白は、やがて高次の存在からのメッセージへと変わっていきました。
「人間は1人ではありません。決して1人では生きられないのです。
お互いの小さな行動が影響を及ぼし合って生きています。そういう意味でも孤独というものはありません。
1人の優しさは、たとえそれが無意識からのものであっても、1人の人生を変える力を持っています。
1人ずつが、小さな優しさを持ち寄ることによって、そしてそれを与えることによって世界は大きく変わります。
慈愛は奪うものではなく、与えるものです。
そしてそれはどの人間でも出来る行為です。
欲しがるのではなく、何を与えられるのかを考えるのです。
自分の言動が他にどのような影響を及ぼすのかを知ることが大切です。
足りないものを数えるのではなく、持っているものを知ることです」
彼女の声は、もうジュリアンのものではありませんでした。
一言、一言をゆっくりと区切りながらの深い穏やかな話し方は、間違いなく彼女のハイヤーセルフのものです。
そしてローランナと対照的な人生を終えたジュリアンは、中間世で穏やかな時を過ごしていました。
自分は地獄へ落ちるとばかり思っていたジュリアンは、この中間世で、いろいろな気づきを得ることとなりました。
「私は、自分が汚いと思っていました・・・体も・・・心も・・・そして生き方さえも。
でも、違いました。汚かったのは、容れ物だけだったのです。私の魂は美しいままであることがわかりました。
そして、誰もがみなこの場所にたどり着けるのだと・・・今、わかりました。
私は今回の人生では、人間の汚い部分や嫌なところを発揮して、そこから何かを学ぶという課題を選んだのです。
そうです・・・生まれ変わる前に自分自身で決めたことだったのです・・・。
そして、私は人の優しさを学びました。
この人生は全て、最期の時を学ぶためのものでした。
私は人生の最後に1人の婦人から無償の愛を受け取りました。
それは慈愛です。
人の優しさは人に感動を与えます。人の優しさは1人の人間の人生を変える力を持っています。
自分の損得抜きで示される慈愛は、人間に大きな力を与えます。
私はこの人生でそれを学んだのです。今回の人生以前(輪廻転生を繰り返す上での意。また、このブログで紹介している彼女の前世は順不同である)では、それが当たり前のことであったため、わかりませんでした」
彼女の口が静かに閉じられたとき、いろいろな思いが私の中に交叉していました。
確かに、戦争の犠牲になった罪もないたくさんの人々は、私たちに大きな真偽を今でも投げかけ続けています。
また、現代の日本人は、あまりにも豊かであまりにも便利な世界に生きています。
私たちセラピストは、心を扱う仕事ですが、時々とまどうことがあります。
以前のクライアントさんは、自分の行いや過去を責め、自分の存在をありのまま認められないことが、心や体の問題の原因となっているケースがほとんどでした。
ところが最近では、他人や環境や運の悪さを嘆き、客観的に自分をみようとしないまま、出来るだけ簡単に幸せを手に入れたいと願う人が、とても増えています。
それはある意味、非常に前向きで、手っ取り早いやり方なのかもしれません。
しかし、私たち人間は、いつも誰かと何かと関わり合って生きています。
自分の言ったこと、やったことが、必ず何かに、誰かに影響を与えているのです。
与えることをせず、受け取ることばかりに気をとられがちな現代の私たちには、大きな反省の余地がありそうです。
さらに、高次なる存在は流れるように語ります。
「この時代は、価値観を省みる時代と言えます。自由が尊重されすぎて、真に大切なものがわからなくなっています。
たくさんの選択肢がある中から、真の意味を見つけるのは難しいことです。
善と悪の意味がわからなくなります。価値観が崩壊しやすいのです。自由がありすぎて、一人一人が、基準を失っています。
戦争や暴力が悪だということはわかったが、積極的な平和とは何かがわかりません。それが問われているのです。
人類全体の課題です。智恵が試されています。今は、何とかバランスを保っています。自分以外のものに対する思いが大切です。
自分だけの幸せを願っているのでは、いつまでたっても真の平和はやってきません。
個人的にも。魂全体としても。
何をするのかが大切です。
何を与えるのかが大切です。
どう満足するのかではなく。
何を手に入れるのかではなく・・・」
「あのう・・・とても稚拙な質問なのですが・・・伺ってもよろしいでしょうか」と、おずおずとことわってから、私は思い切って切り出しました。
「私たち人間は、何度も生まれ変わりながら、いろいろなことを学んでいくようですが・・・
たとえば、何の罪もないユダヤ人たちがあのような恐ろしい目にあったり、いくら戦争を終結させるためとはいえ、生まれたばかりの赤ん坊や子供たちまで原子爆弾の犠牲になる必要はあるのでしょうか?」
彼女は、顔色一つ変えずに、なんのためらいもなく話し出しました。
「個人的な利益ではなく、真理に、全体の利益に基づいていれば、それで正しいのです。全体の向かうべき方向に向かっているのならば、その目的に適っているといえます。
彼らの穢れなき魂の犠牲によって、後の人々はたくさんの学びを得ました。それを知るために、みんなでその方向に向かったのです。ある意味、そのエネルギーに引きづられたのです」